月夜見 Sweet memory 〜大川の向こう より


不景気になると食費を切り詰めようとしてのこと、
スィーツなんて贅沢なとばかり、一番最初に見捨てられ、
あっと言う間に左前になるかと思いきや、
このくらいはかわいらしい贅沢として、はたまた頑張ったご褒美として、
廃れも先細りもしないまんま、
結構なブームが続いてたりして。

  コンフィクチュールじゃあなくて、
  スィーツってところが重要

そりゃあまあ、一昔前みたいに、
ナタデココだのパンナコッタだのティラミスだの、
物珍しいおニュウな素材が爆発的に流行するってことはないけれど。
プリンやロールケーキ、シュークリームなんていうスタンダードなものが、
どこそこのは一工夫されてて美味しいとか、
こっちのは いっそ昔ながらで懐かしいとか。
なんの、あちらの店のは無添加天然素材しか使ってない…とか、
ここのは実はワケあり商品なんでベタ安いとかいう、
所謂“肩書”やら“プレミア”やらを競い合う格好で話題になってたり。
そんな中へ、
草食系男子の亜流ってカッコで“スィーツ男子”なんてものまで現れ…と、
話題も豊富で、基本 需要には困らぬ業界ではあるらしく。

  と なると

スィーツのお店が左前になったらそれは、
何年前だったか、
狂牛病とその風評のせいで、
あちこちの焼肉店がばたばた閉店したのとは違い、
世間や景気のせいなんかじゃあなく、
店の企業努力が足りないってことになる。

 『おや、なかなか手厳しいねぇ。』

大学の卒論のテーマにしちゃおうかと思ってますので、
ええ、だってあたし、これでも一応 経済学部だし。

 『頼もしいこったな。』

オーナーからの感心したようなお言葉へ、
えへへぇと、ついつい相好を崩しちゃってたら、

 『とはいえ、今はこっちへ集中しておくれな、仔猫ちゃん。』

あやや、そうでした。///////
ウチは何たって人気のお店だ、
お客様の波が途切れたってやることは山のようにある。
冷蔵庫を兼ねてるショーケースには並べない、
焼き菓子の棚への商品補充とか、
お持ち帰り用の化粧箱の組み立てやラッピングとか。
ホール係は言わば、お菓子たちをお客様へ橋渡しするエスコート役。
こっちにだってそれなりの技能というか手際というかがあって、
厨房班の皆さんとはまた別の、
段取りとか何やをこなさにゃならないポジションで。

  でもなあ、ウチの場合はほんっとに、
  商品の味と品質だけを目当てに
  お客様がおいでになる店だもんなぁ。

まあ、中には?
都心にあるでもないってのに、
うら若きオーナーの、
しゅっとしたスタイリッシュな風貌が目当てっていう、
妙齢の女性客も多くって。
ホールに居ない時は、厨房のドアのほうへ首を伸ばして、
少しでもお姿が見られないもんかって頑張ってみる、
若々しいマダムなんかも珍しかないのだけれど。
さっきの何げない一言でも判るでしょ?
仔猫ちゃんだなんて、普通 言う? で、それが厭味なく決まる?
フランスかどっかの血統なのか、
染めてもないのに髪は金髪、瞳は水色。
肌も白くて、凄んごい比率で脚が長くて。
切れ長の目許と細いめの鼻の線が、
いかにもイケメンという作りのお顔なんだもの。
そりゃあ雑誌社だってマダム層だって放っとかない。
でもね、でもね、そういうのが全然知られてなかった時代からして、
この、プチブルジョアの多い街でダントツ人気だったの、このお店。
進物にお見舞いに、特別なお客様が来るからそのおもてなしに。

  美味しいって知り合いみんなへ教えたい
  はたまた 特別なケーキとして別格にしときたい

色んな層から支持されるのに、
さほどの時間は掛からなかったんだそうで。
……そうともなると、
イケメンだってのは、却って邪魔かもしんないね。
それとバレたことでお客が倍増しになって、
忙しさを助長しただけなんだから、うんうん。

 「……と。いらっしゃいませvv」

店は奥行きのある作りで、
でもだからって、やたら高級ぶってシックに構えてはいない。
外光をふんだんに取り入れたっていう、
ベーカリー風の明るさはないけれど、
焦げ茶の木目と白い漆喰の壁とっていう極めてシンプルな内装だし。
絵や花瓶なんてので ごてごて飾ってもない店内は、
ホール係も愛想のいい子ばかりを揃えてて、
どっちかといやアットホームな雰囲気かと。

 「すみません。季節のショートとガトーショコラを。」
 「はい…いつもの量でよろしいでしょうか?」

お馴染みさんだったので、一応はとそう訊けば、
こくりと頷いての苦笑をこぼす。
別段、疚しいものを買いに来たってワケじゃなし、
ただまあ、かっちりしたスーツ姿のサラリーマン風の人なんで、
ショートケーキ1ダース、
毎週金曜の夕方に買ってく常連という把握が、
向こうにも伝わって…気恥ずかしかったりするのかも?

 「あれはきっと、若さに似合わず子だくさんなんだよ?」
 「そっかなぁ、この春…いやいや冬頃からお越しの人だよ?」

  子だくさんだってのなら、もっと前から来てないか?
  年度末にどっかから越して来たとか。
  年度末に給料が上がったんじゃね?

 「週末はいつもホームパーティーとか開いてるんじゃあ。」
 「どっちにしたって愛妻家だな、そりゃ。」
 「え〜? そこまで判ります?」

  フレッシュケーキは、
  他の買い物と一緒に買うのは、なかなか面倒な代物だ。
  だから料理用の買い物が山ほどになっちまうと、
  どうしてもこっちへまで足を運ぶ気にはならなくなる。
  なもんで、子だくさんなお家じゃあ、
  昼間のうちはなかなか来てはもらえねぇのさ。

 「それと。
  自分が食べるんだったら、いろいろ試しに買うだろうに、
  いつもいつも同じ取り合わせを買ってくだろう?」

あ、そかそか。
ショーケースから選べる立場なんだから、
本人の買い物なんだったら、
今日はこっち…とか見繕っていいはずですものね…なんて。
ホントはいけないお客様への詮索も、
ついついやっちゃう週末の午後。
だってそれだけ、色んなお客様の来るお店なんだものvv
それに、さっきのお客へのずばりとした推理を立てたのは、
他でもないオーナーだ。
でも…オーナーって
男性客にはこのご時勢でも感心向けない人ですのに。
いやいや、妙な意味じゃあなくて。
そんな顔しないで下さいよぉ。
え? 妙な想像してんじゃない? ただ?

 「何か似たような雰囲気の野郎を知ってたんでな。」

本人は甘いものより酒好きの辛党で、
見栄えもそんな感じのありありする、野暮ったい奴でさ。
ただ、恋人にだけは柄になく甘いんだよな。
大して詳しくもないくせして、
ケーキだ何だ、可愛いもんを土産に買って帰るよな奴でサ。

 「でもでも、オーナー。
  それって日曜の朝っぱらから山ほど買ってく若夫婦へも、
  言ってなかったですか?」

 「そうだっけか?」

そういや旦那さんのほうが、さっきの人と雰囲気似てたけど。
あ・そっか、ああいう感じの人なんだ、そのお知り合い。
若夫婦の方は、奥さんが随分と童顔で、
いつもGパンとかオーバーオールとかいう
マニッシュな恰好してて。
旦那さんの方も、
休みだからかもしれないけど、
カーゴパンツとか砕けた恰好が多いかな?

 「それか…月に一度ほど、
  ちょっぴり謎めいた美人と連れ立ってくる、
  片側の耳にだけピアスしたお兄さんとか。」

お店のお外にいつも、
シェルティと抱っこした小さな子犬を連れたご婦人が待っていて、
あれってお姑さんかなぁなんて。
でも、それにしちゃシェルティが奥さんの方へとやたら懐いてて、
どっちのお母様なんだろって皆して興味津々なんですよ?

 「……お嬢さんたち、
  真面目そうに働いてる傍らで
  そんなお喋りまでしちゃってるわけ?」

きゃあきゃあ、お仕事は真面目にやってますっ。
あくまでも休憩時間に、そういう話題が出るだけですっ。
そそそ、それではあたし、お店の前をお掃除して来ますね。





手の空いたオーナーがホールに居詰めになる時間帯。
そろそろサラリーマンが来店するよな、遅い時間でもあって。
こういう店はコンビニほど狙われやしないが、
それでも…万が一にも間違いがあってはということからの、
ガードマンもかねての居詰めなのだが。
しまったしまったと逃げ出すように、
ぱたたた…と駆けてったバイトの女の子の後ろ姿へ、
あれまあという苦笑を浮かべた、うら若きオーナーさん。
そんな彼女が出てった自動ドアが閉じる前、
一応は駅前の店なだけに、
それなりの雑踏の中、会社帰りだろう人々が行き交うのが望めて。
今は店内の方が明るいので、あっと言う間にガラスが鏡のようになり、
そうとなったら外へはあんまり見通しがよくはないのだが。

 “さっきの兄ちゃんは、
  確か…ルフィ似のチビさんと時たま来てたよな。”

隣町の高校の制服姿の子で、
一丁前に柔道着を肩に引っかけ、
大会の帰りか、やたらはしゃいでやって来たのが初めで。
ご褒美に好きなのを買っていいぞと言われたらしく、
さんざん迷った挙句に、
そん時のお薦めだった季節のショートを選んだ坊主で。

 『早く帰ろ。御馳走、作ってくれんだろ?』

他の女性客もいた中で、よく通る声でそんな言いようをされて。
なのに、人前だと照れるどころか、

 『ああ。今日のは さんじに教わったんじゃねぇぞ?』
 『やた、じゃあ ぞろのおりじなるだなvv』

名前のところがよく聞き取れなかったが、
自慢の腕前見せてやると胸を張ってたから、
愛妻家ならぬ、子煩悩ってところかな。
あの坊主がウチのケーキを気に入ったんで、
それで…って、
馬鹿の一つ覚えで同んなじのばっか買ってくんだろうよ。

 “……いや、
  あんな大きい“子供”がいるってのは
  無理がある年頃だったかな?”

客への詮索はご法度、
でもでも、成程 気になる人物だったんだからしょうがない。
バイトのお嬢さんたちのよに、
そのいかしてスカした風貌が…ってんじゃあ勿論なくて。

 “……。”

ずんと小さかった頃、まだ中学に上がったばかりって年頃に、
祖父に勘のいいところを見込まれ、
親元から引きはがされての修行にと連れてかれた田舎町の洋菓子店。
な〜んか憂鬱だなぁなんて思ってたのをあっさりと引っ繰り返して、
毎日何かと楽しかったそこには、
中州の里から時々お目見得する、
可愛らしい腕白坊やと、その護衛格みてぇなクソ生意気なガキがいて。
そこいらじゃあ人気者だった坊主が
何かってぇと“ゾロ、ゾロ”と名前連呼してくっついてるのが、
実は嬉しいんだろうによ、
そうと見抜いたもんだからって ちょっかい出してた俺へまで、
どっか可愛げなく三白眼向けて来やがってたのを思い出しただけのこと。

 “そういや、坊主の方はあちこちで名前見るよな。”

有名どころのスタイリストと組んでの
流行ものの雑貨店のプロデュースとか、
ファッションショーのスタッフにも名前連ねてやがるとか。

 『ご当人は、
  ただ単にあちこち飛び歩いてるだけならしいんだけどもね。』

実家の回船業と似てるといや似ている仕事。
世界を股にかけ、
面白そうなもの、発掘して来ては日本でも広め、
片っ端からヒットをさせちゃあブームを呼んでる、
そっちの世界での風来坊、いやさ風雲児。
時々お忍びで戻って来ちゃあ、
あの小さな里で、幼なじみと逢っちゃあ、
丘の上の公園なんぞで語らってるのだそうで。

  「……。」

  思い出すのは、小さな影が二つ。
  時折川風が渡ってく、黄昏迫る丘の上。
  何かへの約束みたく、
  けどでも言葉にするには まだ子供過ぎたから。
  誓いの代わりか、しっかと手と手とを繋いでて。
  何てのか、
  君がお前が一番だってこと、
  忘れないよと、言いたい代わりみたいにも見えて。
  毎日一緒でもまだ足りないか、なんて、
  そん時はそうとしか思わなかった一幕だったが。

 “まぁだ、手ぇつないだままでいやがんだ。”

どこにいたって一緒だということか、
時折自分の手を…そこに何かあるように見やる彼らだそうで。

 “いっそのこと、ルフィの方から野郎を掻っ攫っちゃあどうだろう。”

道場の番があるとか言ってたらしい野暮天だったが、
そんなのウチの奥さんがいつだって肩代わりすんのに あの愚弟はよ。
今度の、そうそう、
その坊主のお誕生日に重なる里帰りン時こそ、
それとなく本人へ言ってやろうと画策する、
新進気鋭、金髪痩躯のパティシエールさんだったりするのだった。




  〜Fine〜  10.05.01.


  *いやぁ、ルフィのBDが近いってのに、
   何の準備もないんですよと零していたらば、
   ご贔屓のお姉様から、
   “手をつなごう”という可愛らしいお題をいただいちゃいましたvv
   Kさん(Cさん、かな?)、ありがとうございますvv
   (母の日のケーキ、美味しく作って下さいましねvv)

   たっくさんお話しいただいたシチュのどれもがおステキだったのですが、
   とりあえず、ウチではこういう路線でvv
   サンジさんも大好きなもんで♪
   さりげなく“ルゾロ”宣言してくれてますが…。(う〜ん)

  *ちなみに、いろんなそっくりさん
(?)がご贔屓らしいこのお店。
   Q街にあったりしたら設定がおかしいでしょうかね。
   アンダンテよりか、ラフティの方かな、やっぱ。
   箱根からのお客様も、わざわざおいでならしいっすよ?
   (さぁて、どこまでついて来れてますか?・苦笑)


  
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